Iguchi, T., Tokosumi, A. & Iwayama, M. 1996 The science of literature. Asakura Pub.


 文学を科学する
 井口時男・徃住彰文・岩山真
 朝倉書店.1996
 ISBN 4-254-10526-6 C 3340

Bibliography

はじめに
 本書は‘文学’という対象をめぐって,工学(自然言語処理・人工知能・言語工学)と科学(認知科学・心理学)と文学(批評論)の3つの立場からそれぞれどのようにアプローチできるかという試みを,まとめたものです.具体的には夏目漱石のある短編小説を材料にしながら,それぞれの立場ではどのような思考法をとるものなのか,現状ではどのような研究成果があるのか,そして小説という文学作品を実際にはどのように分析できるのか,を解説しました.最終章では紙上シンポジウムのつもりで,3人の著者がお互いのアプローチを点検し合っています.
 文学作品を文学として語るのはともかくとして,工学や科学の対象とすることに,果たしてどのような意義があるというのでしょうか? 私たちは,少なくとも次の2つの意義を感じています.
1)文学作品は人間の知的活動(心の活動,精神の活動と言ってもいいでしょう)の最高度の産物のひとつであるから,これを工学的・科学的に研究することで,人間の知(心・精神)という,おそらく高度に複雑なシステムの性質・メカニズムについて理解が深まる.複雑なシステムの未知の側面が明らかになることで,工学的・科学的副産物も期待できる.
 人間の知的活動の究極的産物というと,私たちはつい,最新の宇宙論であるとか最新のコンピュータといった先端科学技術での成果を思い浮かべてしまいます.それは大変結構なのですが,同時に小説,詩,映画,音楽といった文学・芸術の成果もまた,人間の知(心・精神)の最高度の活動が産み出した,究極的に複雑精妙な成果と言えるにちがいないでしょう.この興味深い対象を見逃すわけにはいきません.20世紀後半というこの時期にいたって,人間の知的活動のこうした側面に,多少なりとも探り針を入れる方法を現代科学は準備できていると考えています.
 また,文学作品や芸術作品を扱う過程では,当然のことのように‘感性’であるとか‘創造性’といったような,魅力的ではあるが今のところはその中味がよくわからない概念が出てきます.こうした概念について理解が深まると,たとえば人工知能に感性や創造性を組み込むとか,人間の感性や創造性を育てる,操作するといった,副産物的な成果も期待できるでしょう.
2)工学・科学・文学という異領域の間の融合的研究活動を促進する.
 現代の学問の領域は,理系・文系というおおざっぱな,しかしながら受験勉強から大学の組織までをも支配している分類に始まり,○○学,××学という細分化の網の中にあります.こうした細分化が効果をもつ側面は多いのですが,時には阻害的でもあるということは,皆気がついていました.特に,人間や社会が関わるところで,細分化の限界が顕在化することが多いのです.昨今とりあげられることの多いテーマを例にあげるならば,生命倫理,環境問題などでしょうか.こうした領域では,関連する諸分野が融合して研究をおこなうことで,急速な前進が見込まれることも多いでしょう.
 研究の現場でそうした問題意識があるならば,それを教育の場に持ち込むことの意義も出てくるはずです.実は,本書は東京工業大学における「総合科目」のひとつとして実施している授業内容をベースとしています.ここで「総合」という名称に込められている意味は,関連分野の融合を図ることで新しい視野を得,また「融合」のおもしろさと難しさも知ろうではないかということです.こうしたことはかけ声だけでは何の進展ももたらさないもので,実際に同じ問題を共有し,研究の手にかけて初めてわかることが実に多くあります.本書では,工学(自然言語処理・人工知能・言語工学)と科学(認知科学・心理学)と文学(批評論)の3名がたまたま「文学」という問題を共有したわけですが,2年にわたってこの授業を企画・実施してきた共同作業の結果は,各章のはしばしに埋め込まれています.
 最後に,本書の成立を可能にしてくれた方々にお礼を述べたく思います.社会理工学研究科価値システム専攻の橋爪大三郎先生は,本書の企画を強く推進してくださいました.情報理工学研究科計算工学専攻の田中穂積先生,徳永健伸先生,沼尾正行先生からは,講義の立案に関して的確な助言をいただきました.朝倉書店の編集部の方々は,本書の企画について終始的確な助言をしてくださいました.著者一同,深く感謝いたします.
     1996年10月          著者一同
Preface

目次
1 自然言語処理:設計からのアプローチ −−− [岩山 真]
2 文学的感性への認知科学的アプローチ −−− [徃住彰文]
3 文学は文学をどう考えているか −−−−−− [井口時男]
共同討議:「文学を科学する」
索引
付録 夢十夜
Contents


推薦文: スリリングな知の交響 −−− 橋爪大三郎
 自然言語のコンピュータ処理,認知心理学,それに文芸批評.異なるバックグラウンドの3人が, それぞれの方法を駆使して文学作品の解明に取り組む.あえて文学という,人間のもっとも高度な 知的活動の所産を共通の素材に取りあげ,めいめいの手の内を明らかにしあった.
 とりわけ興味深かったのは,3人が三つ巴となって文学を縦横に論じる「共同討議」である. 互いの分野に素人同然だからこそ,なおさら厳しいものになる突っ込みの応酬.専門に閉じこもることを 許されない知的な緊張を,読者は堪能できるはずだ.
 こうした異種格闘技にも似た試みは,これまでありそうで,実は少なかった.本書はあらためて, そうした試みがみのり多いことを教えてくれる.先端的な仕事は,できあがった専門の垣根の内側よりも, 垣根と垣根のあいだに埋っている.既成の専門が苦手とする領域でこそ,新しいアイデアの真価が試されるのだ.
 本書の最大の貢献は,文学のように大事な研究対象が,どれほど解明されないまま放置されているのかを明らかに してくれたことである.本書は,文学研究の決定打とは言えないけれど,少なくとも今後の方向を示した.あとは 読者が頑張ってほしい −−− そう誘いかけているのが,本書なのである.
Blurb


| Tokosumi Lab Home Page | Tokosumi Research Page |