桑子敏雄教授(5) afterword

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 今回、桑子先生に推薦して頂いた3冊は、環境と人間のかかわりについてご研究されるプロセスで影響を受けたものと、最近の研究成果をまとめたものです。これらは、思想的なスタンスと現実の社会の問題について、その双方のつながりやかかわり方を考えるためにお勧めです。

 先生は、もともと西洋哲学の分野の研究をされていましたが、1990年代から東洋そして日本の哲学について研究する中で、東西の思想の根幹にある環境と人間の関係についての理解を明らかにしたいという思いに至ったそうです。

 70年代・80年代はギリシャ哲学を中心に勉強して、80年代後半から90年代は中国と日本のことに関心を深め、1999年に『環境の哲学』(講談社学術文庫)という著書を出版されました。この本をきっかけに、当時東工大にいらした中村良夫先生にご紹介頂いて出会ったのが、フランスのオーギュスタン・ベルク氏です。現在、桑子先生がリーダーを勤める日本学術振興会の「日本文化の空間学構築」という研究プロジェクトを一緒になさっています。また、延藤安弘氏は、街づくりの専門家であり、合意形成の問題に関して、桑子先生が重要な影響を受けた方です。
(取材・文・写真 土谷真喜子 6期)

桑子敏雄研究室

桑子敏雄教授(4) 桑子敏雄『風景のなかの環境哲学』

風景の中の環境哲学 本書は景観論と環境論と哲学・倫理学を融合させようとする試論である。『環境の哲学』(1996年)を出版後 国土交通省からの政策提言を求められるようになって、公共事業についてのやり方・環境への配慮の仕方・景観、住民参加のあり方、合意形成について考えるようになった。そして、合意形成が社会において大きな課題となっていることがわかった。

 環境の問題は風景の問題である。町並みや風景を見る目も、実は多様であり、風景を単純化することはできないのである。頭で考えられた空間や特定の利害のみで考えられた空間ではなく、多様な目があったり、多様な見え方をする空間をどうしたらいいかを考えることが大切なのだ。つまり多様な価値の間の合意形成の問題と捉えることができるのである。

 私は、そういう空間に含まれる哲学的な課題とは何か、と考えた。目指すところは、行政と住民と専門家のコミュニケーションを促進するような力のある思想を語りたい。現在も、地域を住民主体でどのように活性化させるかという事業の手伝いをしているが、公共事業を支える問題では、その現場で話し合いをどうするかということを考える時に、空間の構造と空間の履歴が、そこに生きている人々の根底にある価値観をかたちづくり、かつ規制しているということがわかった。特に川という水の環境、利水と治水が地域にとってどういう意味を持っているのか、その土地の水環境がどういうものかを理解することなしには、話し合いがなりたたないという実感をもった。今後はそういうことをまとめていきたいと考えている。

桑子敏雄 『風景のなかの環境哲学』 2005年 東京大学出版会 ¥2,800

桑子敏雄教授(3) 延藤安弘編 『人と縁をはぐくむまち育て』

人と縁をはぐくむまち育て 愛知産業大の延藤氏とは、「川の日ワークショップ」という行政と市民の集まりで、彼が総合コーディネータをしていた時に出会った。専門は建築で、教鞭をとりながら「NPO法人まちの縁側はぐくみ隊」という組織をつくって代表理事としてまちづくりにかかわる活動を行っている。このNPOはパブリックな空間とプライベートな空間の境界領域をつくりだしていこうという活動をしている。河川を媒介にして人と人とのつながりをつくり出していく彼の才能に深く影響を受けた。

 「感性・関西・天才」というキーワードで彼を説明すると、とにかく感性豊かな人である。人と人とのコミュニケーションに関する感性が柔軟で、いろいろな人の考えが彼の身体を通し新しい表現として放出されるのだ。

 本書は、延藤氏のかかわった事業の紹介とやり方、そして彼の思想が複数の人により紹介されている。合意形成をはかるときに、コミュニケーションの技術がいかに大切かということを、街づくりの実践事例の中から、非常に具体的なかたちで読み取ることができる本である。

 合意形成を実現しようとする時、その「場」で参加者とどういうコミュニケーションをとるかが重要なのである。難しい学問的な言い回しやボキャブラリーでは通じないのだ。延藤氏は、深い思想を持ちながら、誰とでも極めて普通のコミュニケーションを取ることができる。「現場の言葉」、現場で語られていることに耳を傾けながら、でも、現場の言葉はかなり混乱しているところもあるので、受け止めてから、非常にクリアな言葉に紡ぎだして表現する能力に感嘆する。で、それを関西弁でやるのだ。おっちゃん、おばちゃんたちと遠慮なく議論できる。そこが彼を天才と呼ぶ所以なのである。

延藤安弘 編著 『人と縁をはぐくむまち育て』 2005年 萌文社 ¥2,100

桑子敏雄教授(2) オギュスタン・ベルク『風土学序説』

風土学序説 地理学と東洋学を専門にしているベルク氏は、和辻哲郎(1889~1960)の「風土論」に影響を受け、人間のありかたと風土のあり方の関係について独自の風土論を展開している。視野の広い関心を持つベルク氏は、フランス人でありながら、日本の文化に深い理解を示している。氏は、空間や時間の価値、そして日本の国土開発の意味をもう一度問い直すことに関心を持っている。

 最近は、「日本の住まい方」について研究し、人間と空間のあり方を風土という視点で捉え、人間が環境を変えていくときのサイズの問題とスケールの問題を考えている。たとえばハンバーガーの大きさもアメリカと日本では随分違うように、アメリカ的なサイズもあれば、日本的なサイズというものもある。そういう地域性とか歴史を無視したグローバル・スタンダードで日本の空間をつくりかえていくことに、ベルク氏は厳しい警鐘を鳴らしているのである。

 本書もギリシャ哲学を導入としているが、広範な知識をベースに、単に哲学的な知識だけではなく、さまざまな視点から風土というものを考えた重要な著作である。

オギュスタン・ベルク 『風土学序説』 2002年 筑摩書房 ¥3,800

桑子敏雄教授(1) 書を持って、現場に行こう

桑子敏雄教授
桑子敏雄の3冊

○ オーギュスタン・ベルク『風土学序説』
○ 延藤安弘編著『人と縁をはぐくむまち育て』
○ 桑子敏雄『風景のなかの環境哲学』


 自分自身が東工大のVALDESに身をおいたことが、今につながっていると思います。価値構造という概念、個人個人の価値判断があって、それが社会に受け入れられてひとつの理念として形成されていく過程、そしてその理念が制度化されインフラストラクチャーになっていくプロセス、それが環境の変化に対応していかなければならないという構造。このように全体を捉えることができるのは、哲学でも法学ではなく、まさに価値の問題です。価値および価値判断の問題を根本的に考える場としてこのVALDESという場があるということは、設立からまったく色褪せてないところだと思う。VALDESのディベートとかディスカッションプログラムは先駆的なことであり、単なる勝ち負けのゲームではなく、価値の問題を戦わせる場として、意義深いと考えています。

 学生からVALDESは就職予備校化しているのではないかという指摘を受けたことがあります。設立当初は、就職に強い大学院にしようとは思っていなかったけれど、世の中がVALDESの人材を求める時代になってきたのだと思います。VALDESに魅力があるし、良い人材が育ったのでしょう。就職担当をやって企業の人に言われるのは、まずコミュニケーション能力、そしてリーダーシップ力のある人材が欲しいということ。圧倒的にこの二つの能力を求められています。これらは勉強して頭に詰め込んだからつく能力ではない。「知ってる」ではなく、「できる」ということ、動ける人間が求められているのです。そして、その上に専門知識が欲しい。単にひとつの組織の中でうまくやっていくというコミュニケーション能力ではなくて、例えば行政と住民のような全く違う利害関係をもつ人たちを結びつけることができるようなコミュニケーション能力をもつ人、会社のためだけに役に立つのではなく、社会のために役に立つ人がVALDESの中で育って欲しいですね。

 研究者という点でも、今は本を読んで研究するだけではだめだと思います。社会とか価値の問題を考える上で、現場での実践を伴わない理論研究だけでは難しいかもしれない。また逆に言うと、現場だけでも足りないのです。頭を使うということと、汗を流すということの両方できる人を社会全体が求めているのではないでしょうか。両方やるのは本当に難しいことですが、フィールドでがんばるためにも、良い本をいっぱい読んで欲しい。私は、「書を持って現場に行こう!」と言いたいですね。

・桑子敏雄研究室