さらに、工学は大きく分けて2種類に分類することが出来るであろう。
伝統的な工学の典型的問題は2であろう。技術開発とは、速く走りたいとか、飛びたいなどのきわめておおざっぱな目標が定性的に与えら れて、それをクリアーすべく研究を進めるのである。そこでは、どの程度の発展が得られるかは予測不可能であり、最適解は存在しない。そもそも、予算や資源 が、上限はありこそすれ、細かくは定まっていないから、「問題」が一意には定まらないのである。エンジン開発の例でいえば、エンジンの素材に何を用いる か、エンジンの形状をどうするか、などには基本的には制約はないのである。これは、技術開発における基礎研究の根拠ともなっている。現在、工学における基 礎研究と理学の研究をクリスプに分離することは難しくなっている。あえて、定性的違いを挙げれば、理学は現象先にありきなので、扱う対象の幅が広いと言え ようか。いずれにしても、日本語で科学技術という言葉があるように、現在では科学と工学は一体である。
1は、解の概念が与えられている「問題解決」である。エンジン開発の例でいうと、コンピュータで、与えられたエンジンに対して燃焼効 率を上げるべく、ガソリンの注入をコントロールすることなどがこれにあたる。 エンジンの性能の限界は決まっているのであるから、最適解が定まっているのである。1の場合、コンピュータシミュレーションが有力な方法の一つとなる。1 のうち、とくに「問題」が明確に言語で表現されるものとして、情報科学のアルゴリズムや応用数学、ORなどがあげられる。たとえば、幾何学で一定の辺の長 さを持つ三角形で最大の面積を持つものは何かという問題はこのような問題に属する。この場合、問題は対象と独立に論じることが出来て、解答に対応するもの は「定理」もしくは「命題」の形で与えられる。
2の場合、現実に対する適用の有効性が命題のほぼ唯一の判断基準となる。大枠の目標設定さえ保存すれば、小さな issue は可変的でさえあり得るのである。ただ、現実への feedback の方法がある程度一定していなければ科学的であるとは言えないであろう。通常の工学では、実験(試験、検査)がこれに相当し、結果に対する解釈依存性は小 さいと言える。これが工学が「理系」であるといわれる所以であろう。この立場をゆるめれば、大枠の定性的目標に対して、相対的に良い結果を出すものを工学 であると認めるのは自然であろう。
1は、一種のリサーチプログラムととることもできる。たとえば、ゲームの理論を工学であるとみなせば(これに関しては異論もあろう が、囚人のディレンマなど数々の結果が出ていることから、暫定的に認めておこう)、これを適用して多人数の意思決定状況を説明しようとするのは、一種のリ サーチプログラムなのである。すなわち、ゲームという枠組み自体は疑うことなく、それを適用できる対象を捜して応用したり、またそのような対象に関する研 究から理論自体を発展させるのである。まだ、例えばニュートン力学などに比べると歴史が浅い故、リサーチプログラムとしての権威(権威に関していうと、 ニュートン力学は惑星運動という権威のある問題をうまく説明したため、権威を獲得できたが、学問としての強力性を獲得したのはその後の無数の研究によると いえるであろう)は低く、「前進的」か「後退的」かを決めるのは早いであろう。「社会的選択」におけるアローの定理なども全く論理的な結果で、現実への適 用が出来るわけではない。しかし、アローのリサーチプログラムに従うことにより、社会的選択論は飛躍的な発展を遂げ、適用可能な結果がいくつも導かれてい る。このようなリサーチプログラム的研究は、現実を説明できるような事例がいくつかあれば、暫定的には自己正当化できるであろう。現実世界での直接の便益 が技術的に得られることを必ずしも要求しないのである。例えば、ORが実際の経営にはあまり役に立たないからといって安易に放棄するのは慎むべき態度であ る。
意思決定では、ハードアプローチは1、ソフトアプローチは2であるといえる。ソフトアプローチに関しては、その解釈多様性や反証不能 性(?)から、まだ方法論として確定しているとは言えないと思うが、このようなスタンスのもとで、より科学的な方法論が考案されることを期待する。これ は、いわばソフトとハードの融合か?!